あさえ がんばる

高校中退フリーターでしたが、現在はライター兼・会社員になりました

好きなことをして暮らすこと

あさえです。

 

 

「好きなこと」をしていいらしい。

 

 

好きなこと。


生きるために耐え抜かねばならないと思っていた苦痛から解放されるらしい。

願っていた事が思いもよらない形で叶う可能性が突然ふってわいてきた。

 

 

だから、「すきなこと」
考えておいてね

 

 

と言われて、「すきなこと」がわからなくなってしまった。

 

 


好きな人と一緒に暮らして
美味しいご飯を食べて
時々遊びに出掛けて
たくさん眠る

これ以上何を望んだらいいのだろう

穏やかな暮らしの為に苦痛に耐えて生きていこうと思ったはずが、それは不要らしい。
苦痛に耐えるよりも「すきなこと」をしてほしいのだそうだ。

 

対価は「すきなこと」で成果を残すこと。
もう少し具体的な条件なのだけれど、まだ不確かな話だし(ほとんど確かではあるのだけれど、不確定要素がないわけじゃあない)、少しぼかす。

これは私の成果に対する報酬や投資ではなく、私自身に対する投資だ。
それは浪費と何が違うのだろうか。
私にはわからない。


すきなことってなんだろう。

歌が好きだ。
音楽が好き。
楽器が好き。

でも、音楽で成果を残すことはできないだろう。
多少は残せたとしても必要な投資の割りに合わない成果しか戻ってこない。
音楽って結局そういう道だ。

 

 


文字が好き。
文房具が好き。
本が好き。

でもこれらで成果を残すことも難しいと思ってしまう。
成果を残そうとすると、嫌いになってしまいそうだ。

 

 


学ぶことは好きだ。
知らなかった知識を得て世界が広がる。
でもそれで何か成果を残せるかと問われると答えに詰まってしまう


好きなことをして生きていくことを夢見ていたはずなのだけれど、突然目の前に降ってこられると困ってしまう。


もし、もしも、同じ立場に立ったのがもっと違う人だったなら。
生活の為に耐えている事のせいで好きな事ができない人。
好きな事が明確に決まっているのに遠回りしている人。
そんな人にこのチャンスが巡っていたらきっと有効に活用できたのだろう。

でも、こればっかりは他の人では成り立たない条件なのだ。
だって、成果に対する投資ではないから。
私自身、私個人に対する投資。
何かの成果を残した私ではなく、私という存在に対する投資。
だから私しか受け取れないし、私にしか与えられないチャンスだ。

だから私が使うしかないし、私はこれを無駄にはしたくない。

 


増田を見た。

anond.hatelabo.jp


1000以上のブクマ。

そこで語られる夢を見て私だったらどうするかと考えた時に、この状況は私に与えられた状況と酷似していることに気がついた。

決して無尽蔵などではない。

それでも生活の為に金銭を稼ぐ必要がない。
何かを成すための投資を得られる。
成果を残すことは条件ではあるけれど、それに対する明確な時間制限は、ない。
失敗ですら、死なない失敗はたいしたことがない、と基本的に許容されるようだ(それでも積極的に失敗はしたくないけれど)。

 

お金に困ったことがない、という経験がない。
今までの人生でお金に困らなかったことがない。
もっとお金があれば、と何度も思った。
お金がないから稼がなければいけないと思っていた。

お金の為には働かなくていいらしい。

では何のために働こう。
私は何を成したいのか。

 


私が自分の価値を示せることはなんだ。
私は何で自分の価値を示したいのか。

 

雇用される、ということは案外楽な立場なのだなと思う。
経営者の望む労働力と引き換えに、対価として金銭を受け取る。
こちらから能動的に何かを考えると言うよりは、受動的に与えられたことの範囲内で成果を示して、対価を受け取る。


その立場を望むなら、雇用され続けることすら許容されるらしい。


何かになりたくて、なれなくて、それを諦めている。
諦めてしまって、何になりたいのかすらわからない。

 

何になりたいのか、何ができるのか。
私の価値は、どこにあるのか。
私はなにを成せるのか。

 

 

 

 

 

ふと、なんでもやってみればいいのかな、と思った。
成果を残せるかどうかをとりあえず横に置いて、何でもやりたいことをやればいいのかなと思った。

その中で成果を残せそうな事、残せそうな道、成果になりえるものを得られればそれでいいのかなと。

それでいいよ。でも相談はしてね。と言われた。

ああ、それでいいのかと、改めて本当にこれは私の為の投資だなと思った。

私に価値を見出してくれているのだろう。私が何を成すかが知りたいと言われた。
でも、何も成せなくてもいいんだそうだ。
その時は雇用されればいいだけの話だと。


何も成せないなんてことは、いやだなと思った。

 

 

なんでもやってみようと思う。
興味のある事、やりたい事。
でも今の私はそれすらよくわからないから、アンテナをはろう。何をやりたいか考えよう。

 

たくさんの人に会ってたくさんの事を知ろう。
選択肢の幅を広げてやりたいことを、すきで、やりたくて、そうしてそこで成果の成せる何かを探そう。


そうしてたくさんのものを得て、失って、あがいて、そのうえで、私はどうしたってなににもなれないのだと、そんな結論に至った時には、なににもなれないなりに、今とは違う、なにかでいられますように。

 

おわり。